title

Phelios Chronicle 996/フォッジアス王立兵学校編 1の月

1の月

プロローグ

雪景色の中、60名ほどの兵士が行軍していた。皆まだ若く十代半ばをすぎたばかりだ。
騎乗の者は5名、残りは全員徒歩であり、緑色に染めた長方形の布の中心の穴に頭を通した軍衣を腰のベルトで止めたものと、緑色のフード付マントを身につけていたが、騎乗の5名のうち2名が貴族や騎士のみに許される自家の紋章のついた軍衣とマントを身につけていた。

一人は先頭を進む白地に斜めの黒い斧の紋章の騎士、もう一人は部隊の最後尾に馬を進ませる白地の下半分に薔薇の紋章の描かれた騎士である。 彼らはフォッジアス王立兵学校混成第4小隊、総員60名の一年から三年までの各兵科の混成部隊であり、年2回、夏期と冬期に行われる国内を行軍、警備任務につく冬期国内警備実習の最中であった。

第一話 冬季行軍演習

現在、最後に立ち寄った村からすでに2日が経っており、寒さと疲れで普段はうるさいほどの連中が私語一つ無く、 兵士達は時折うんざりした様子でちらちらと降りしきる雪と空を覆う分厚い雲を見上げてさらにうんざりしながら進んでいた。

小隊の後方には4台の荷馬車とわずかな歩兵が続いており、責任者として騎士科の薔薇の騎士が隊列の最後尾から指揮を執っていた。その騎士の元へ駆け寄っていく一人の右腕に赤いリボンを巻きつけた薬学科の女性兵がいた。肩まである茶色い髪と端正な顔つきをした女性兵の駆け寄ってくる様子を見て、嫌な予感を覚えた騎士科の青年が先に声を掛ける。

「どうした?クラリーチェ」
クラリーチェは息を整え馬上の騎士を見上げながら説明する。
「歩兵科のラファエーレ君が塗れたブーツを乾かさずに履いてたみたいで、足にひどいしもやけを負って、凍傷になりかかってしまっているんです、急いでお湯で暖めないといけないので、イヴァン先輩に行軍の停止をお願いしに来たんですけど・・・」一気にそこまで言うとクラリーチェは気まずそうにイヴァンを上目遣いで見つめながら返事を待つ。
「あのやろう・・・、まー、しかし俺の担当は後方隊だからさ、ラファエーレは俺の指揮下に無いし、直接隊長につたえてもらえないか?」
その答えを予想していたのか間髪を置かずクラリーチェは答える。
「医学科のヴェネリオ先輩が隊長に直接伝えると私たちまでその・・・あの・・・被害を受けるのでイヴァン先輩に伝えろとのことで・・・」
「ヴェネリオやつ・・・ったく、しょうがないなー」
「ごめんなさい」
そういいながらクラリーチェは深々と頭を下げる。 「い、いやクラリーチェは悪くないさ!!悪いのはヴェネリオ・・・いや元々はラファエーレか、だから大丈夫!わかってるから君が誤る必要は無い!」 あわててそう言うとクラリーチェは口元に手を当ててクスクスと笑う。
「ありがとうございます。先輩」
それを聞いてすこしほっとした気分でニコリとしていたイヴァンは、自分の顔の筋肉が緩んでいることに気がつきゴホンと咳払いをして 緩んでいた顔の筋肉を引き締める。
「で、いまラファエーレのやつはどこに?」
「先頭の荷馬車の荷台にスペースを空けてもらってそこにヴェネリオ先輩と一緒にいます」
「そうか、じゃあとりあえず様子を見てから考えるか。クラリーチェも荷馬車に戻るなら一緒に乗せて行こうか?」
そう言うだけ言ってみたものの「大丈夫」と言われやんわりと拒否される。近くで聞いている工兵たちが聞き耳を立てクスクス笑っているような気がするが気のせいだろうか・・・。
「じゃ、行って来る」
「はい、いってらっしゃい」 とクラリーチェに手を振って見送ってもらえたので少し気分がよくなったイヴァンだったが、工兵達に笑われたのをラファエーレ八つ当たりする気満々で馬を進ませる。実際先頭の荷馬車まではそう遠くは無い。工兵科6人に薬学科3人が自分の前を歩いているだけで、その先がもう最後尾の荷馬車なので歩いて行ってもすぐにたどり着く。
こんな距離でのせていこうか?ってさすがに無理があったな・・・余計に恥ずかしくなってきたイヴァンはさっきの件はきれいさっぱり忘れることにした。
四台ある荷馬車のうち先頭の一台にたどりつくと、荷台の上にブーツを脱いで毛布に包まったラファエーレと付き添いのヴェネリオがいた。
そこでイヴァンは馬を降りてラファエーレの元へ行くとテヘヘと頭をかきながら笑顔を返してくる。その様子をみたイヴァンは小言を言ってやろうかとおもったが、まずは患部の様子をみるのが先決とヴェネリオに向き直る。
「どんな状態なんだ?」
いつも冷静なヴェネリオはそれを聞きイヴァンを一瞥した後、表情を曇らせながらラファエーレから毛布を剥ぎ取り、足を見えるようにする。
「・・・これはひどいな」
右足は健康そのものであったが、左足の指は5本とも変色しており、素人目にも時間をおけば悪化してくるのも時間の問題だと思われた。 ラファエーレをふと見ると自分の左足の様子をみるのを嫌がったのか顔をそむけている。ヴェネリオはイヴァンがラファエーレの状態を理解するだけの時間を待った後、説明を始めた。
「あまり時間がないんだ、悪いがイヴァンから隊長に行軍停止を頼んでほしい。このまま放置すれば彼の指どころか足ごと切らなければいけなくなる」
深刻な状態にあることを理解したイヴァンは右手でラファエールの肩をつかむ。
「・・・・・・わかった。ラファエーレ、少しまってろ」
ラファエーレはそれを聞くと少し悲しそうな顔をし、小さくうなずいてからいつもの笑顔を見せてくれた。
最初は小言の一つも言ってやろうとしたが、後輩の足が懸かっているのだ。イヴァンは何も言わず小隊の先頭に向かって馬を走らせた。

先頭の4人の騎兵の元にたどり着くと、まず同じクラスの友人である騎士科2年で騎士見習いのミケーレがイヴァンに気がつき片手をあげて「ようイヴァンどうした?なにかあったのか?」 と声を掛けてきた。
「まあ、ちょっとな」と答えると、 そのやり取りを耳にした残りの騎兵も振り向く。
先頭を進んでいた斜め斧の紋章の騎士が振り返りながらフードを下げると、きれいな赤毛の長い髪が腰の辺りまでをふんわりと包み込む。
その女騎士はイヴァンの姿を認めると笑顔をみせた。
その容姿はフォッジアスの至宝とたたえられるほどの美貌であり、尚且つすさまじいほどの色気を感じさせる美声の持ち主で、その姿を見、声を聞いたものは男女かかわりなくその魂を失うとまでいわれている。
彼女は現在戦略科2年でこの小隊の隊長であり、イヴァンの上司でもあった。 その笑顔と美声でイヴァンに語りかけてきた。
「あら、イヴァン、どうかしたの?まさか、とうとうわたくしに告白でもしにきたの?」
普通の人間ならただこれだけの言葉をかけられただけでも心を奪われている所であったであろう、たしかに最初は戸惑うことも多かったがイヴァン達にはすでにその美貌と美声と軽口とその他もろもろに耐性がついていたためなんと言うことも無い。
「まさか」
と苦笑いしつつ言葉を返す。
「あら残念、でも、イヴァン卿ならいつでも大歓迎ですわよ?」
と、本当に残念そうにそう言った。
「ベルティーナ閣下にそこまで言っていただけるとは騎士として光栄の至り。ですが…きっぱりとお断りします!!」
とイヴァンが断言するとベルティーナはイラッとした様子を見せるが、小柄な少年が二人の間に割ってはいる。 「まあまあお二人とも冗談はそこまでにしてください。ベルティーナ先輩、まずはイヴァン先輩の用件を聞きましょうよ」
金髪小柄で碧眼の、さらにいえば声までもかわいいという学校中のみんなのマスコットとして有名な戦術科1年ジルベルト君♂がすかさず話を戻すと ベルティーナは素直にうなずき、まあそうねとつぶやきながら髪をかきあげる。
「えーと、ラファエーレの件なんだが」
ベルティーナはそれを聞くと思い出したような表情で言う。
「そういえば足が痛むとか言い出してたみたいで薬学のクラリーチェが連れて行ったわね」
「ひどいしもやけでさ、お湯で手当てしないとやばいみたいなんだ・・・」
ベルティーナは小首をかしげさらに問いかけた。
「行軍やめちゃわないといけない?」
「先輩、この地域周辺は天候の変化の激しいところなので、現在降雪中という事も考慮に入れて考えると、治療のために何人か切り離すと遭難の恐れがあるのでとてもお勧めは出来ません」
一瞬でこの返答を返すあたりジウベルトはまさにかわいい副官という以上に優秀な副官であると言えるだろう。 ベルティーナはジウベルト君に向き直り問いかける。 「この近くに村はある?」
「北に2時間ほど行けばオルシュティン教徒の住むルパーラ村があります。今日の予定を変更してそこに向かえば予定の遅れも・・・大体4時間ほどですね。かといって休息をとった上で今日の目的地点に向かうと確実に到着が夜間になってしまうので、この天候ですしかなり危険だと思います」
ベルティーナはそれを聞くと目を閉じ深いため息をついた。
「しょうがないわね。とりあえず一旦休止を命じます。ミケーレ、ちょっとみんなにつたえてきて頂戴」
ミケーレはそれを聞くと右手を左胸に当てるフォッジアス軍の敬礼をしながら了解したと言いつつ馬首をめぐらせ各科の責任者に伝えに走る。ベルティーナはそれを見送るとイヴァンに振り向き馬をよせ、その耳元につぶやいた。
「さて、それじゃあラファエーレ君のお見舞いに行きますわよ」と妖艶な声で囁かれ、イヴァンはラファエーレの無事を心の底で密かに願ったという。
ジウベルト君はそのときベルティーナの口元に浮かんだ笑みを見逃さなかったとか。

イヴァン達がラファエーレの所に到着するとすでにクラリーチェとヴェネリオが湯を沸かす準備をしており、先ほど伝令にでたミケーレもすでにラファエーレの様子を見に来ていた。
彼らはイヴァン達に気がつくと右手を左胸にあてるフォッジアス軍の敬礼をする。 ベルティーナはそれに返礼を返し,その赤い髪を風に優雅にたなびかせながら馬を降りラファエーレの元に向かう。
「あ、あの・・・」
ラファエーレが何か言おうとするのをベルティーナは無視しながらおもむろに毛布を剥ぎ取り凍傷にかかった部位を確認する。 そしてクラリーチェとヴェネリオを呼びよせ説明を求めた。
二人は丁寧な言葉遣いで説明し、ベルティーナは説明を聞き終わるとそれまで無視していたラファエーレにくるりと向き直る。
すでに観念したのかラファエーレは蒼白な面持ちでベルティーナを見ていた。
「ラファエーレさん夜はちゃんと靴を乾かすようにといっておいたはずでしたわよね?あなたのせいで行軍予定が遅れてしまったんだけど、なにか言うことはある?」
ベルティーナと目をあわさずうつむき、暗い表情でラファエーレは言った。
「いえ、・・・あのっ、すみません全部俺のせいでこんなことになってしまって」
「すみませんじゃ、すみませんわよね」
「はい・・・。そうですよね・・・」
ベルティーナにそう言われラファエーレはますます落ち込みしょんぼりしてるところに、全身全霊の力がこもったベルティーナの平手打ちがラファエーレにお見舞いされ、ぶはっと叫びながら彼は華麗に荷台からふっとんでいく。
フォッジアスの至宝と呼ばれたベルティーナには色々問題があり、遠くから眺める分はいいのだが近づくと痛い目に会うことが往々にしてある。
ほかの混成小隊からは戦女神と称えられ彼女の小隊員はうらやましがられるが 、彼女の隊の小隊員は3年生でさえ彼女を恐れ下手なことは一切言わないし、恐ろしいほど従順なのである。彼女の小隊員は影では彼女の事を、「初見殺しのS魔神」と呼んでいるがSの意味はAより上、とかスーパーとかの頭文字ではない、ある意味スペシャルではあるが別の意味のSである。
ラファエーレは雪の積もった地面に転がり頬を押さえて痛がっているが、だれも助けには行かない。初見殺しのS魔神がビンタ一発で終わらせるはずが無いのだ。へたに助けると当事者以上の悲劇をその身にこうむることを皆知っているので見守るしかない。
イヴァンはそれを何度も見ているので今回もしょうがないのだとあきらめ、後輩を眺めていたが、ふと自分に向けられる視線に気づき、その方向をみてみるとクラリーチェが止めてほしそうな目でイヴァンをみていた。
さらにまわりを見回すとジウベルトやヴェネリオもなんとかしろと目で訴えかけているようだし、ミケーレはイヴァンと目が会うと、とめてやれ、と口を動かす(音声なし)。そうしている間にもベルティーナがつかつかと転がっているラファエーレのもとに歩み寄り、軍衣をつかんで引起そうとしているのを見て今日何回目かの大きなため息をついた。
「ベルティーナもうその辺で許してやってくれないか?早く手当てしてやらないといけないしさ」
それを聞いたベルティーナは無表情のままラファエーレを引起す手を止めてイヴァンを一瞥する。
イヴァンは一瞬ドキリと冷や汗が出るのを感じたが、次の瞬間ベルティーナは体の力を抜いた様子でこう言った。
「しょうがないわね、彼はこれで許してあげます」
彼は?と問題発言を発しながらラファエーレを離し、雪の積もった地面に転がすのを見た周りのものはとりあえず胸をなでおろし、クラリーチェがラファエーレに駆け寄ろうとした瞬間、ベルティーナはラファエーレの腹部に蹴りをぶち込みラファエーレは地面を転がっていく。
「これでって、その蹴りか・・・」と思わずつぶやく。
「正解」腰に両手をあてケロリとした表情で答えるとイヴァンはあきらめたように首を横にふっていると、 ベルティーナより頭一つほど大きな4人の歩兵科の3年生が横一列に並んでこちらにやってきた。
彼女は彼らを見て小首をかしげる。
「あなたたちはいったいなに?」
そういわれると4人の歩兵は右手を胸に当てながら、その中のリーダーらしい男が代表して大きな声で答える。
「我々はラファエーレの班の者です。ラファエーレの不始末は私達の不始末でもありますので甘んじて罰を受けに参りました!」
そこまで言うと彼らは胸に当てた手を下ろし、直立不動の態勢で身構える。彼らはこれから周りの者に加えられるとばっちりや八つ当たりを身をもって自分達だけで食い止めようというのだ。まさに漢である。
それを聞くとベルティーナはニヤリと不適な笑みを浮かべ右手を軽く振りながら4人に歩み寄って行った。
「へー、まったくいい心がけよね、感心したわ」
「ありごとうございます!!」
そしてベルティーナは一番体格のいい歩兵のあごを人差し指で軽く持ち上げる。
「では・・・あなたから、番号!!」 大きな声で彼女は指示しすると4人の兵士たちは順番に自分の番号を大声をで叫んでいく。
「1!」ドカッ!!
「2!」バキィ!ゴッ!!
「3!」ズドッ!!ガスッ!グシャ!
「4!」ガン!ゴン!ガツッ!ドンッ!
番号順に番号と同じ数だけとんでもない速さでぶん殴られ地べたに転がって行く。
「ふー」 すっきりしたー!と続いてもおかしくは無い様子で作業を終え、ベルティーナは一息つくといい汗をかいたようで額を右手でぬぐう。 が、気がついてみると、半径20メートルほどの空間はお通夜のような空気が漂っており、4人の男達に同情的な視線が集まると、ベルティーナはちょっとやりすぎたかなと弁明を始める。
「な、なにようあんたたち、非難するような目でみないでよ!彼らだって納得済みのことでしょ!!」
「しかしベルティーナ、番号言わせてその番号と同じだけ殴るって・・・どうなんだ?」
イヴァンがそう言うとベルティーナは一歩後ずさり、周囲を見回すとみんなもベルティーナを非難する視線を送っていた。ベルティーナが追い詰められていた・・・、そのときであった!地面に転がっていた一人の歩兵が歯を食いしばりながら立ち上がりこう言った。
「5!」
みんなの目が点になる中、それを聞いた他の3人も立ち上がり口々に6とか7とか1とか唱えながら身構える。
その光景を見ながら皆は悟ったのだ、彼らは隠れ信者であると。裏では初見殺しのS魔神などとよびつつも密かに魔神を敬い、信仰している一派が存在するのである。彼らはベルティーナの鉄拳にすら感謝し、感動する。ベルティーナに殴られる行為は魔神の祝福とも一部では囁かれており、周囲の皆も、なんだ信者だったのかよとあきれているようだ。
その中で一人、ベルティーナはしまった・・・という表情をしていた。彼らにはベルティーナが物理的に罰を与えることは出来ない。逆に喜ばせてしまうのだ。現場におかしな空気が漂いだした中イヴァンがやれやれとベルティーナと歩兵達の間に割ってはいる。
「先輩方、もう結構ですので下がって休んでください。いいですよねベルティーナ隊長」
最初に歩兵、のちにベルティーナのほうを見ながらイヴァンは言うと、 ベルティーナの方も気を取り直し「まあ、それでもいいわね」と返すが、それに対する歩兵達の言い分はこうであった。
「なんの、まだまだこんな物で償える不始末ではありますまい!!」 とか
「やさしくしてください!!」
「○○○○○」などと興奮しながら口々に言い出す始末。
どうやらベルティーナは変なスイッチを入れてしまったようで、 収拾がつかなくなってきつつある。
そこへすかさずジウベルト君の登場である。「先輩方には今回は休息なしで、罰として隊の周囲を休息終了までランニングしてもらうって言うのはいかがでしょう?」と笑顔でベルティーナに提案するとベルティーナは口元に人差し指をあてて言った「おー、それいいじゃない。じゃあジウベルト君にすべて任せるからつれてって頂戴。それとこれから1時間ほど休息とるからついでに皆に伝えておいてくれる?」
「アイアイマム」そう言うとジウベルト君は敬礼し、急に殴られたところを痛み出した4人の歩兵達を「さあいきますよ~」と引き連れて歩き去る。

「ジウベルト君はさすがに手際がいいな」
「ええ、たすかるわ」
イヴァンらはジウベルト君達を見送ったあと、ジウベルト君を除いた騎兵の4人で今後の予定を打ち合わせた。
まず「これからどうする?」とミケーレが口火を切る。
「そうね・・・、暗くなる前に次の目的地までたどり着くのは無理でしょうから、今日のところはやっぱりジウベルト君の言ってたルパート村?で休ませてもらった方がいいと思うんだけど、皆はどう思う?」
ベルティーナは皆を見回し問いかける。
「それがいいだろうなー」 「賛成」 とイヴァン、ミケーレはそれに賛成し、3人の視線は残った一人に注がれた。
注目された人物はあわてた様子でフードを下ろすと眼鏡を掛けた黒髪の少女の素顔が現れ、あたふたした様子でしゃべり始める。 「あ、あのっ、ルパート村にはっ、少しあの、その、問題があって・・・」
そこまでは聞き取れたがだんだん声が小さくなって聞き取れなくなっていく。彼女は極度のあがり症で急に意見を求めたり、皆で注目するとすぐこうなってしまうのだ。ジウベルト君と同じ戦術科の1年だが、これで大丈夫なのか?といつも思ってしまう。
イヴァン、ミケーレはやれやれと顔を見合わせるがベルティーナはやさしく聞きなおす。
「オフェーリアちゃん、あわてなくていいのよ、ゆっくり落ち着いてはなしてくれる?」
ハフッ、ハフッ、はい、はい、と何度もうなずきながらオフェーリアはポニーテールを揺らしながらなんとか落ち着こうとしている。
イヴァン、ミケーレ、ベルティーナは様子を見ていた。がそこでベルティーナの攻撃!とベルティーナはいきたいだろうなーとイヴァンは思いながら、ベルティーナをちらりとみたが意外と穏やかな表情で待っている。彼女はオフェーリアちゃんのことを結構気に入っているようだ。
そんなことを考えてるうちにオフェーリアちゃんはというと少し落ち着いたようで、ゆっくりと話し出した。
「はふー、失礼しました、ジルベルトさんのおっしゃった通りあの町はオルシュティン教徒だけが住む村で、そこは問題ないんですけど、問題はすぐそばにオルシュティン教会の修道院がありまして、確か正式な名は【聖者オルシュティンとフォッジアスの民の仲間】だったかな?数は十数人程ですが、れっきとしたフォッジアス人の騎士修道会として登録されてまして、彼らはフォッジアス聖堂騎士団と自らを呼称しています」
そこまで話すとオフェーリアは胸に両手をあて深く深呼吸をしたあと皆の反応をまっている。
修道騎士団はもともとある程度身分ある者の次男や三男など、元来王国の騎士の身分を与えられるほどの地位にある者も多く在籍し、その戦闘力も王国の正規の騎士と比べても遜色は無い。
さらに宗教的問題が戦闘の理由として加われば比類ない戦闘力を発揮する。普段は敬虔なオルシュティン修道士ではあるのだが、一旦何事かがおこると強力な戦士となり見える範囲のすべての敵を葬るまで戦いをやめない・・・。もし、小隊のだれかが彼らと揉めた結果、戦闘に発展した場合、彼らが20人ほどもいれば学生だけで構成された隊などあっという間に皆殺しにされてしまうだろう。
そしてもう一つ、フォッジアスにあるオルシュティン教会はフォッジアス王の権威を最上のものと認めているのだが(国内の司教の任命権はフォッジアス王にある。)、彼ら騎士修道会は元々西方および北方異教徒を討伐するためにオルシュティン教王の呼びかけにこたえて各地で設立された経緯がある。つまりフォッジアスの女王の権威よりも(それなりに敬意ははらうが)、当然のようにオルシュティン教国の教王の権威をより尊重している為、何か事が起こってもフォッジアスの王権では制御出来なくなるのである。
とても学生が対応できるような相手ではない。
「修道騎士団の騎士様かあ・・・」 とミケーレが考えこむようにつぶやく。
「確かにあまりかかわりたくは無いな」
「ジウベルト君は知らなかったのかしら?」
オフェーリアはそれを聞くとしどろもどろでこたえた。
「あっ、あのっ、それは知らないと思いますっ。たまたま私の父がルパート村に仕事で立ち寄ったときにそこの騎士団の騎士様と揉めて大変だったという話を聞いてましたのでっ、偶然知ってただけなんですっ。ごめんなさいっ」
そこまでいうとオフェーリアはハフッハフッとまた深呼吸している。
「なんでそこであやまるんだ・・・」
イヴァンがふとそう漏らしベルティーナのほうを見るとこちらをにらんでいたので高速で目をそらす。
ベルティーナ、ミケーレ、イヴァンら三人は嫌な予感しかしなかったが結局野営できる場所もこの先に無いということでルパート村に行くことに決めたのだった。ただ、ジウベルト君が戻ってきたときに話の経緯と今後の予定を改めて話すと少し反対したが、代案はと聞かれると夜を徹して歩くほか選択肢が無く、彼もしぶしぶ了承したのであった。

ルパート村1

ベルティーナ以下、小隊の面々はしばらく休息をとった後ルパート村に進路を向け行軍を始めていた。
小一時間ほど進んでいると前方の東の方に続くわき道の方から修道女らしき装束をまとった人物が現れ、こちらに気がつくと軽く会釈をし、背に背負った大きなバックパックを足元に置くとそのままそこで立ち止まる。
どうやら小隊が通り過ぎるのを待つつもりのようだ。ベルティーナはそのまま通り過ぎようとしたが、ミケーレがかまわず馬上から声を掛けたため、舌打ちを打ちながらも馬の足を止め、片手を上げ隊の前進を止めた。
「これはこれはお美しい修道女のお方。もしやルパート村の方ですか?」
そう聞かれると修道女は首を横に振る。
「いいえ違います。わたしは王都のオルシュティン教会の者で、ルパート修道院に所用でまいりました」
「そうでしたか、王都からここまでお一人で大変でしたでしょう。ちょうど私達もルパート村に立ち寄るところだったので荷馬車の荷台でもよろしければお送りいたしますよ」
「でも、よろしいのですか?」
「かまいませんとも!!・・・いいですよね?ね?隊長?」
「・・・、ご自由に」
「隊長も歓迎しているようですので問題はありません!」
「・・・それは助かります。ではよろしくお願いします」
「荷馬車までご案内しましょう。さーどうぞこちらへ」
「騎士さまに感謝を」
「いや~、まだまだ騎士見習いの修行中の身でして。ミケーレとおよびください」 そう言い手をふるとミケーレはひらりと馬を降り、手綱を引きながら修道女を案内していく。
「まったく、ミケーレったら勝手なことを・・・」
あきらかにベルティーナは機嫌を悪くした様子で手を上から前に振り下ろし前進の合図を出すと馬を進ませる。
「どうしたんですか先輩?何か心配事でも?」
「・・・この季節この天候でシスター一人で王都からここまで来るなんて、はっきり言って不自然な感じ?」
「そう言われるとたしかにおかしいですね・・・」
「でっ、でもでも、オルシュティン教会の人を送って行けば村人に良い印象を与えるんじゃないでしょうかっ」
「そうなのよ、オフェーリアちゃんの考え方もアリだからミケーレを殴れなかったし」
「・・・」
「・・・」
「でも悪い予感がするのよねー。女のカン?ってやつかな」
「ごめんなさい、まさか修道騎士団がルパート村にあるとは知らなくて…」
 とジウベルト君は俯きがちにベルティーナにあやまった。
「いえ、いいのよジウベルト君、他にやりようもないしね…」
「なっ、なにもおこらないですよきっと。だって私達はれっきとした王国軍の一員なんですし!」
「まあそれについては同感なんだけどね・・・」 ベルティーナはそこまで言うと会話は終わりという風に一つ首を振り前方を見据えた。
「騎士修道会とシスターねえ・・・ラファエーレの不始末がどれだけ面倒ごとを巻き込むことやら…、ま、今考えてもしかたがないか・・・」
落ち着いたらラファエーレにひどい仕打ちが待っているのかもしれなかった。

イヴァンが小隊の最後尾でぼんやりしていると前方からミケーレが馬を引き修道女をエスコートしながらやってくるのが見えた。 ミケーレは御者台にいる歩兵に命じ一人分のスペースを空けさせると紳士的にシスターに席を勧める。そして御者の歩兵に向かってなにやら命令しているようだ。 シスターが席に座りミケーレがシスターの荷物を荷台に丁寧に積み込むと、シスターからお礼を言われているのかミケーレは照れたようすで否定しながら馬に乗るとこちらにやってきて、速度をあわせイヴァンの左に馬を並べる。
「ミケーレ、なんだあのシスターは?」
「ルパート村に向かうらしいのでついでだから送って差し上げる」
「へー、ベルは良いって?」
「もう大賛成さ!!」
「そうか、ならいいけど。じゃあ挨拶だけでもしとくかな」
そう言ってイヴァンは馬の速度を上げようとするとすかさずミケーレがイヴァンの左腕をつかむ。
「ばっ、ばか。あ、あ、あぶな、あぶねー!!」
 イヴァンはバランスを崩しながらミケーレの腕を振りほどいた。 「なにすんだバカ!落馬すんじゃねーか!」 「ちょっとまてってイヴァン。あいさつだけだぞ!あいさつだけ!」
「ん?」
「おれさ、一目ぼれしちまったみたいなんだ」
「あー?相手はしすたーだろ?」
「関係ないさそんなものは!だ・か・ら」
「お前は年に何回一目ぼれしてるんだって話だよ!!」
「おれ、今回はなんか運命を感じるんだ」
「毎回感じてねーかそれ」
「おまえなー!!たく、今回は特別だ。今までとは違うものを感じるんだ」
「あーもうわかったわかった」
「絶対だぞ、そして俺を持ち上げてくれ!」
「お前ねー・・・」
「お前・・・クラリーチェのときお前のために俺はどれだけ・・・むぐむぐ」
イヴァンは余計なことを言おうとするミケーレの口を強引にふさぎ少し前方にいるクラリーチェの様子を見ると、まったく気がついていない様子で他の薬学科の二人と楽しそうに話している。
ちなみに何を話しているかというと
「ねえねえまたイヴァン卿があなたのお話してるみたいよ!」「キャーッ!」「いいねえいいねえ、バラの騎士様にあいされてるねえ!」「クラリーチェさんいったいどうなんですか?あなたとイヴァン様の仲は?」「そんな、なにもないよー、イヴァンとは幼馴染なだけで・・・。本当になにも・・・」「キャーッ!呼び捨てにしちゃってるしー!」「幼馴染って素敵」・・・・・・・・丸聞こえであった。
「わかった。わかったからそれは言うな。ミケーレの言うとおりにするから」
「いい子だイヴァン」
「・・・」
「見た目はベルティーナとタメはるぜ!そしてあのしとやかさ・・・。そしてなんかオーラがあるんだよなー。これは運命を感じる」
「はいはい。ま、とりあえずあいさつにいこうか」あきれた様子でイヴァンはうながすと、また話せるのが嬉しいのかうきうきしながらミケーレは先導しはじめる。
「シスター、馬上から失礼します。後方隊の責任者が挨拶したいと言うのでつれてまいりました」
「まあ、それはご丁寧に、ありごとうございます」
「では紹介します。こちらが騎士のイヴァン」
「馬上から失礼する。イヴァン=ダ=アリオスティですよろしく」
「イヴァンあちらがシスター、えー、シスター」 どうやらミケーレはまいあがって名前を聞くのを忘れていたようだ。
「ルイーザと申します。ご面倒をおかけしますがよろしくお願いします」
見た感じ。確かにきれいだがベルティーナとは違うタイプの美人で、あちらがセレブなお姉さま系だとするとこちらは元気いっぱい健康美人といったところか。大陸のオルシュティン教会のシスターらしくみすぼらしいローブをまとっているので、かなりみすぼらしく見えているのかも知れないが、まあ美人であることは間違いない。フードをかぶったままで髪の毛の様子がわからないのでフードの中身次第でまた感じが違うのかもしれないけども・・・。
「ルイーザ、すばらしい!なんというお美しい名前でしょうか!」とミケーレは大げさな身振りで称える。
「・・・まあ、ここからルパート村までそう遠くないが到着するまでゆっくりされていくといい」
「なにかあれば隣の歩兵に申し付けていただければこのミケーレがかけつけますので何もご心配はありませんので!」
「みなさまに感謝を。この隊のかたがた全員に祝福が訪れますよう」 そう言って目をつむり胸の前で両手で組む。
「祝福感謝する」
イヴァンはそう礼を言ったときはじめてまともにシスターと目が合った。
たしかに普通とは違う、なんとも言えない引き付けられる魅力がある。ベルティーナともクラリーチェとも違うたとえ様もない、強引に言葉にすれば不思議な、と形容するしかない魅力があり、ミケーレがオーラがどうとか言っていたのも確かにうなずけた。
「それでは失礼」そう言ってイヴァンが馬を返そうと手綱を引いたとき何かに気がついた風でシスタールイーザに引き止められる。
「・・・!?少しお待ちください。イヴァン様よろしければ少し手を見せていただけませんか?」と。
そういわれて何気なく右手を差し出すとシスターはその手を両手で包み込み、目を閉じ聞こえるかどうかの声で何なにやらつぶやき始める。
「接続開始、接続確認、強制スキャン開始、該当データ発見、アースプリト、分解終了、アーレングス6を確認、ナル、ナル、ナル、ブルー、リリ-ス、タイプアンデファインド!?」
シスターはそこまで言うとイヴァンの手を握ったまま目を見開き驚いた様子でこちらを見ている。
「あの、シスタールイーザ?イヴァンがどうかしたのですか?」
ミケーレがそう言うとシスターはあわてた様子で手を離した。
「あ、あ、悪魔がついているかもと思い一応その、悪魔祓いのお祈りをささげておきました!!もう大丈夫でしょう」
「そうでしたか!よかったなイヴァン」ドン!と背を強くたたかれたイヴァンは、背をさすりながらミケーレをにらんだが彼はまったく気にしてない様子でシスターに詰め寄って行く。
「シスタールイーザ。よろしければわたくしも悪魔祓いのお祈りをささげてはいただけないでしょうか?」 と手をさしだすものの、
「ミケーレ様は大丈夫です」とニコリと返された。
さらになおも食い下がるミケーレをみていると急にあほらしくなったイヴァンはとぼとぼと定位置に戻って行く。
戻り際にクラリーチェの方をみるとやっぱりまだ3人で楽しそうに話しているようだった。

しばらくするとニコニコミケーレはうきうきしながら隊の先頭に戻ってきた。
ミケーレが戻ってきたのを確認したベルティーナはミケーレに手招きをしてよびよせニコニコミケーレはベルティーナの隣まで馬を進ませてくる。 ボカッ!!「おそいっ!」とベルティーナは一発殴ったあとにそう言った。
「イッテー!なにするんだよベルティーナ!」とミケーレはいきり立つ。
「ミケーレさん・・・もっとボコボコにしないとわからないようですわね!」そうにらまれながら言われるとミケーレのテンションは急激に下がっていく。
「・・・いや、いえ、もう十分です。僕のエイチピーはもう1です。でも・・・俺なんかした?」
「あなたが軍務中に余計なことをやったことについてイライラしてただけよ」
「・・・そうか、・・・ってベルティーナだって許可したろ!それに殴ることないだろ!」
「嫌々許可したのよ。しょうがなく!殴られた理由?そうね・・・、胴体にニヤニヤへらついた頭が乗ってたから、かしらね!!」
それを聞いたミケーレはこの件で到底ベルティーナとまともに話し合う事は出来ないと感じ愕然とするも、なお意を決して語をかさねる。
「わるかったベルティーナ。でもさ、今回は特別・・・いや運命を感じるんだ。頼む!見逃してくれ!!」
「・・・あなたまたですの?」また面倒ごとが増えそうな予感にベルティーナは肩をおとしながらため息をついた。
「いいですこと。少なくとも任務中は一切会話は禁止。いいわね?」
「オーケー、ロードベルティーナ。じゃあ休憩中はいいんだよな?」
「・・・それ許可しないとあなたどうせ、し・つ・こ・い・んでしょう」ベルティーナはいやそうな顔をしながらそう言った。

ルパート村2

 しばらく進むと小隊は風車のある見渡しのいい場所に到着した。おそらく積もった雪の下は畑なのであろう。
日はだいぶ傾いており雲が厚く普段より薄暗いもののまだ十分に明るい。村はもうすぐそこにあるはずだ。
今日はゆっくり休めそうだという思いに小隊員の大多数の表情に活力がもどってきていた。 が、その思いはすぐに裏切られることになる。
「あっ、先輩!!あそこに人がたおれてます!!」
ベルティーナは目をこらすと確かに前方に倒れているような人影が見えた。
「ああもうっ、こんどは悪い予感がころがってるじゃないっ!ミケーレっ!」
ベルティーナはミケーレをにらみつけながら様子を見に行けと手を前後に往復させ【行け】と指示する。ミケーレに対するイラつきはまだくすぶっているようだ。
ミケーレは馬を飛ばして倒れている人影の周りをくるくる回りながら確認し、周囲を警戒しながら戻ってくる。
「背中から切られてる」
「生死は!?」
「あれで生きていたら人間じゃない。ほぼ上下で切断されてる」
「ジルベルト君!8列横隊戦闘隊形。オフェーリアちゃんにイヴァン付副官を命じますイヴァンの所に行って。急いで」
「アイアイマム」
「はっ、はいっ!!」
ジルベルト君はすぐに大声で歩兵科に命令を出し戦闘隊形を整え、オフェーリアは馬を返して後方へと駆け出す。
そしてミケーレはベルティーナににらまれ無視された。ので仕方なくベルティーナの後方へつく。
その後、後方でもオフェーリアから事情を聞いたイヴァンもまた命令を出す。
「工兵科は3、3でわかれ左右荷馬車周辺を警戒、看護科3人はそれぞれ荷馬車に分乗して周囲を警戒!異変があったら大声で知らせろ」工兵科と看護科のあわせて9人は急いで荷馬車に追いつきそれぞれ命令を実行して行く。
イヴァンとオフェーリアは荷馬車の先頭に向かい先頭の部隊から後方隊を切り離し停止させた。
ベルティーナは数人の歩兵科を偵察に出したようで5~6人の歩兵科がそれぞれ別々の方向に駆け出していくのが見えた。
「面倒なことになったな・・・」
「・・・」
「オフェーリアちゃん、引き返すわけにはいかないのか?」
「だっ、だめですよう、行軍演習といっても警備実習も兼ねてますから・・・、ここで引き返したのがばれちゃったら全員軍法で処罰されちゃいます・・・」
「だよなあ」
イヴァン達が先頭部隊を少しはなれたところから眺めていると、ベルティーナ達は偵察が戻ってくるのを待って前進をはじめた。
ベルティーナ達はゆっくりと警戒しながら進み、イヴァン達もつかずはなれずについて行く。
先頭部隊が村の入り口に到達すると少し躊躇したのかしばらくは様子を伺っているようだったが、意を決したのか 先頭部隊がするすると村の中に進入して行く。 イヴァン達も周囲を警戒しながらゆっくりと村に向かっていたが、結局何事もなく村についていた。
村には死体がごろごろと転がっており、女生徒の隊員は時折小さな悲鳴などを上げたりしている。
すでに歩兵科の面々が家々を調査をして回っているようで、その村の中心にベルティーナとジルベルト、ミケーレの三人が色々な指示をだしながらイヴァン達を待っていた。
ベルティーナたちから10歩ほど離れたところにたどり着くとイヴァンはオフェーリアに指示をだす。
「オフェーリアちゃん。隊はとりあえずここで待機」
「えっ、あっ、はっはい!」
オフェーリアはあわてながらそう言うと荷馬車の皆にあたふたと停止の手振りをして待機を命じ、 一連の命令が皆に伝わるのを確認してからイヴァンとオフェーリアはベルティーナ達の元に行く。
イヴァンはベルティーナに向かって苦笑を浮かべてからベルティーナにだけ聞こえるように囁いた。 「もうはっきり言って、帰ってしまいたいな」
「私も同感よ。今、皆に生存者を探させてるわ」
「そっか…」
「あと、オフェーリアちゃん、あなたも一緒にヴェネリオと薬学科達とで死体を調べて頂戴、いつごろ殺されたか知りたいの。まあそんなに日にちは経ってないみたいだけどね」
「はいっ!」
オフェーリアはそう返事をするとヴェネリオの元に向かって行った。
「しかしこの惨状は俺達の手に余るな」
「いまちょうどそれを話してたのよ」
「それについてはやはり今日の目的地だったノーラ村の地域警備隊砦に連絡し対応を任せるしかないと思います」 とジルベルト君が発言する。
「そうだなそれしかないな」
「よし、じゃあ決定ね。ミケーレ!」 ベルティーナはミケーレに向かってまた先ほどのように手で【行け】と指示する。
「え、行けってあのー、まさかですけどノーラ村?」
「他にどこにいけっていうのよ!さっさといく!」
「マジで?もう暗くなるのに?こんな惨状みたあとなのに!?超怖いんですけど・・・」
「あなたの選択肢はさっさと行くか、ここでわたくしをおこらせてぶった切られるか2つに一つよ!!」
ベルティーナはそう言って腰の剣をかちゃりと鳴らせる。
「わ、わかったよ、ったく。イヴァン、シスターには手だすなよ!」
「だすかよ!」 イヴァンが苦笑いでそう返すとミケーレは馬に鞭を入れ一気に今来た道を駆け戻って行く。
「さてと、あと問題は二つよ。今日休む場所の確保と、あの向こうの丘にある修道院の中身の確認ね」
とベルティーナは西の丘に見える修道院の方を指差し、ジルベルト君とイヴァンはごくりとのどを鳴らす。
騎士団を名乗る者達の、ほぼ領地であるに等しいこの村の惨状を彼らが見逃すはずはない。
なのに修道士や武装した騎士らしき死体は転がっていない。
ということは、彼らが真っ先に襲われたか、それとも彼らがやったのか。しかし見たところ人の気配はなさそうだ。
どちらにせよ建物の内部を見に行かなければならない。もしかしたら生存者達が避難しているかも知れないし、こちらを襲う敵がいるのかもしれない。そしてやはりまだ明るいうちに調べられるものは調べておきたかった。
「ジウベルト君はそこの大きい家に工兵科をつれていって皆が休めるようにして頂戴。現場は保存しなくちゃいけないけどそこの死体は運び出していいわ。その指示を終えたらすぐにここに戻ってきて、しばらくあなたに小隊の指揮を任せるわ」
「アイアイマム」と敬礼するとジルベルト君はすぐそばで待機している工兵科の元に走って行く。
「さて、わたくしとイヴァンは4人ほど歩兵科をつれて一緒にあそこの調査に行きましょうか」
「了解」
「わたしも同行いたします」
イヴァンとベルティーナが声のした方をみると、 いつの間に来たのかシスタールイーザがその美しい顔に凛とした表情を浮かべ、側に立っていた。
フードを取り、腰まである金髪が風に舞っており、その手には鞘に収まった剣を握っていた。その姿はオルシュティン教会やアイシア正教会で教える戦女神を思わず連想させる。
「あなたは何者なんですの?」
普段であれば平民は引っ込んでいなさい!!とか言うのだと思うが、さすがのベルティーナもルイーザの只者ではない雰囲気に飲まれている。
「フォッジアスオルシュティン教会神学校女子部所属の学生です」
ベルティーナとイヴァンはあっけにとられた。イヴァン達の通う王立兵学校とすぐ近くにあるお金持ちや貴族の娘しか通えないお嬢様学校である。もちろん男子部もあるが双方とも学習期間は12年、6歳から18歳まで寮で生活し、その後は聖職者として働くのだ。6歳の時点で家族との絆は断ち切られ、その未来はすでに確定されている。高い身分の子女が多いのは色々な理由があってのこと。学習内容も多岐にわたるが戦闘訓練などは行っていないはずだ。
「えーと、そこの学生さんがここに何しに来たんですの?」
「私はルパート村がこんな状態にならないように守るため来たんです。残念ながら間に合わなかったようですが・・・」
「ちょっと意味がわからないんだけど・・・この村を何から守るの?」
「わたしたちがリーパと呼ぶもの、あなたがたは死神と呼んでいるものからです」
それを聞いたベルティーナはあきれたように髪の毛をぐしゃぐしゃっといじると側にいる歩兵に命じる。
「彼女を拘束してどこかの家に閉じ込めて。わたしたちが戻るまで見張っていてくださるかしら」ベルティーナはもう相手にする必要を感じていないようだった。
二人の歩兵がシスターに近づいて行く。
確かに言うことがもうあやしすぎる・・・とイヴァンも思っていたので黙って様子を見ていた。
「言っておきますが、私がついていかなければあなたたちは無事にはすみませんよ。あの中(修道院の中)にはリーパがいます」と言ってルイーザは修道院を指差した
歩兵達はそれを聞いて一応という感じでベルティーナのほうを見るがベルティーナはさっさとしろとばかりに手を振る。
歩兵がシスターの両脇から腕をつかもうとした刹那、シスターはすさまじいスピードで二人の歩兵を鞘のついたままの剣で急所に突きを入れ無力化し、二人の兵士はその場に倒れこんだ。
それを目の当たりにしたベルティーナは低い声音で 「あなた、いい度胸してるわね」と言い放ち、ベルティーナはその表情に妖艶な笑みをうかべながら馬具に取り付けてある槍差しから戦槍を引き抜きルイーザにその切っ先を向ける。
「まさかとは思うけど兵士を傷つけて無事でいられるとは思っていないわよね?」
イヴァンが見るにベルティーナは小脇に槍を構えシスターに槍を突き刺してしまう気満々のように見える。いや放っておけば突き刺すのはまず間違いない。先ほどのシスターの動きをみればよけられてしまいそうではあるが、もし刺さってしまえば大問題である。教会の人間をを拘束するくらいはまあなんということもないが、槍で突き刺してしまうとなればいくらベルティーナが子爵であろうと伯爵家の跡継ぎであろうともはやうやむやには出来ない。宮廷にもオルシュティン教の熱心な信者はいくらでもいるのだ。
「ちょっとまってくれ」
「・・・イヴァン、とめる気ならやめておいてくださらないかしら。彼女は歩兵二人を戦闘不能にしたのよ。拘束出来ないなら殺るしかないじゃない」
「だからまてって、もう一つ選択肢があるだろ!」
「あんたまさか・・・」
「連れて行こう。さっきの動き見たろ、足手まといにはならないはずだ」
「あんな動きしたから余計あやしいっていってるのよ!!」
「なにかあれば俺が責任を取る!!」とイヴァンが言うと二人はにらみ合う形になったが、すぐにベルティーナが視線をそらし頬を紅く染め、肩の力を抜いて槍の穂先をさげた。
「まったく・・・殿方というのは綺麗な女性とみればすぐにあまやかして・・・ミケーレはいつもあんなだからまだしもあなたまで・・・」自分もさんざんちやほやされておきながらベルティーナは言ってのける。
「ば、ばかっ、ちがうって、俺はそんな気持ちなんてまったくなくて・・・」
ちょうどそのときシスターの足元で転がっていた二人の歩兵が「いてて」と、殴られたところをおさえながら立ち上がる。
「無事のようね、あなたたちは一応ヴェネリオに診てもらいなさい」と言われると歩兵達は敬礼しふらふらと歩いて行く。
「それとあなた、特別についてくるのを許可します。でも何かあっても命の保障はできないわ。いいわね?」
シスターはそれを聞くと剣を握ったまま胸の前で手を組むと「感謝します」と礼を述べる。 「お礼ならイヴァンに言うことね。あなたが何かしでかしたら責任をとるのはこの人なんだから」 「イヴァン様に感謝を」 イヴァンは頭をかきながら「ああ」と返事を返したものの、面倒なことにならなければいいがなあと心の中で思った。

ルパート村の騎士修道会

イヴァン達、ベルティーナ、シスタールイーザと歩兵科の4人は石造りの修道院の前に到着していた。
門の中に入ると数人の修道士達が血まみれで倒れており、中には剣を手に持ち激しく抵抗した様子の死体もある。
やはり急に襲われたらしくよろいなどを身に付けているものは皆無だった。
「これで騎士団が犯人って言う線はなくなったわね」 と辺りを見回しながらベルティーナは言った。
「てことはだ、犯人は騎士団の連中よりもやっかいってことだよな」
イヴァンが周囲を警戒しながら恐ろしい事をつぶやくと、そこまで二人の会話を聞いたルイーザが口をはさんできた。 「でも完全武装の騎士であればこんなに一方的にはやられてはいないと思います。わたしがもっと早く到着できていればこんなことは・・・」ふせげたはず、とでもいいたげにルイーザは表情を曇らせる。
「それで、これは死神がやったとでも言うの?あきらかに剣で、それも考えられないほどの力の持ち主が切ったような傷なのに?」
 「お話にでてくるような死神を想像してもらっては困ります。死神も私と同じように肉体と、あなた方にかかったのろいを開放する力を持っているんです。そして彼にのろいを解いてもらった者は彼の意のままに動く人形となり、死した後も永遠に、勝敗がつくまで私達と戦う運命を背負うのです」
「ふ~ん、それがほんとうだとしてのろいってなに?」
ちょうどそのときであった。修道院の建物の中からドアが蹴り開けられ、血に染まった剣を握りあごひげを生やした目付きの悪い長身の男が現れる。そしてその後ろにはボロボロの剣を握った血まみれの2人の剣士が続いていた。
「はーいはいはいおしゃべりはそこまでー。せっかく来たんだ早速おじさんがもてなしてやろう!早くしないとこいつらがお前らと遊ぶ時間がなくなるんでな」と自らの後ろに居並ぶ血まみれの2人を親指で指し示しながらはき捨てるように言い放つと、イヴァン達は無言で武器を構える。
長身の男はルイーザを見ると何か気が付いたような顔をして笑みを浮かべた。 「ヴァルキュリアのおじょうちゃんだな?はじめまして、と、さようならだ!まだ独りモンみたいだが死んでも俺をうらむなよ・・・っと」長身の男は剣を手にすさまじい速さで距離をつめてくる。
「リーパ(死神)よ!冥界にかえりなさい!」ルイーザはすばやくイヴァン達の前に立ちふさがり死神が振りおろした剣を弾き飛ばす。彼女達の力強くすばやい剣さばきに圧倒されていたイヴァン達であったが長身の男の後ろから走りよってきている二人の剣士に気がつく。
「応戦!」ベルティーナは応戦の指示をだし、剣を手に剣士の一人に走りよる。イヴァンはベルティーナのそばにいたので後に続き、歩兵4人はもう一人の剣士に向かって行く。
血まみれの剣士は手ごわいなんてものではなかった。剣士の剣を受けると受け手の剣が弾かれてしまい、まともに剣をあわせることも出来ない。
そしてその動きもすばやく、ベルティーナの突きを難なくかわし少し遅れて振り下ろしたイヴァンの剣も小うるさげに剣で払いのける。剣士は突き、なぎ払い、振り下ろし、とベルティーナとイヴァンの二人を相手に暴風の勢いで攻撃してくるのだ。敵一人に対しこちらは二人で防戦一方とはまさにありえない話である。歩兵科たちのほうを見るとなんとか取り囲み優位に戦っているようだ。
「ぐはっ!」
ちらりと歩兵科たちに目をやった隙をつかれて蹴りを受けてしまったイヴァンは後方に倒れこんでしまった。
そこへ剣士がとどめの一撃を放つために大きく上段に振りかぶる。
その隙を見逃さず背後にいたベルティーナが突きを放ち剣士の胸から剣の切っ先が飛び出し勝った。とおもった次の瞬間、何事もなかったかのように剣士はその振りかぶった剣を振り下ろしてきた。
ありえねえ!くそったれが!こんなところで俺は!!
ガキン!!
イヴァンは自分の手にある剣で相手の攻撃をはじいていた。
「弾き返せた?」イヴァンは圧倒的な腕力を誇る剣士の剣をなんとも軽く弾き返せたような気がしたが、 今は考えるよりもまず起き上がるのを優先させるべきと相手の態勢が崩れているうちに跳ね起きる。
剣士と向き合うとベルティーナの剣が背に突き刺されていながらまだ立っていた。
ベルティーナのほうはと見ると剣が引き抜けなかったのか距離をとり予備に持っていた短剣を引き抜きながら信じられないといった面持ちで剣士を見ており、剣士は剣をうしなったベルティーナのほうを見ると狙いを定めるように距離を詰めていく。
短剣なんかじゃ絶対に防ぎきれない!イヴァンは後ろから胴をなぎ払う、傷は深い、しかし剣士の動きはとまらない。
ベルティーナも覚悟を決め短剣を構える。
「イヴァンわたしは!・・・」
剣士は身をかがませ突きの姿勢をとる。あと一瞬でベルティーナは剣士の突きの間合いに入るだろう。
間に合わない・・・早すぎる・・・すぐ怒るベル、笑っているベル、面白いベル、そして友達として?大好きないろんな表情のベルティーナが脳裏をよぎる。
「ベルティーナぁぁあ!!」イヴァンは必死に剣士の後に追いすがろうとする。
もっと自分が強ければ・・・もっと早ければ・・・・・間に合うのに、たすけられるのにっ!!

そう思った瞬間、イヴァンは加速し、剣士のすぐ後ろにまで迫っていた。
間に合う!?

イヴァンは剣を右下から切り上げ剣士の武器を持った右手をすばやく切り落とすと返す刃で首を跳ね飛ばす。
それを見たベルティーナは意思のなくなった剣士の体をひょいと右にかわすと、その後ろで剣士は崩れ落ちるように倒れこんだ。
イヴァンは少しの間呆然としていた。自分はなぜ剣士に追いついたのか?と。
イヴァンがふとわれに返るとベルティーナはまじまじとイヴァンの顔を眺めていたがイヴァンがその視線に気がつくと、思い出したように剣士の背中に突き刺さったままの剣を引き抜きに行った。
歩兵科たちが相手にしている剣士も前後左右から切り刻まれているがまだまだ勝負はつきそうにない。
「イヴァン!歩兵達に加勢するわよ!」とそのままイヴァンとベルティーナは歩兵達の元に向かう。
そのころルイーザと長身の男もまた激しく剣をかわしていた。
双方とも血まみれの剣士よりも数段上の剣の使い手であるように見える。
そしてお互いまったくの互角でこのままだといつ勝負がつくか計りかねた。が、長身の男はイヴァン達をみると少し距離をとる。
「おー、一匹倒しやがったか。それになんかめんどくさそうなやつがいやがるな…嬢ちゃんのか?」
「……ここであなたもおわりよ!」とルイーザは下段から鋭く切り上げるが長身の男は大きく後方に飛びさらに距離をとった。
「お嬢ちゃんよ勝負はお預けだ。俺も死んで戻るつもりだったがヴァルキュリアの嬢ちゃんに殺されて戻っちまったらみんなの笑いものにされちまう。必ず殺してやるから覚悟しときなよ!」そういうと背をみせイヴァン達の馬の方にむかう。
ルイーザも追いすがるが間一髪で馬に飛び乗り逃げ去ってしまった。イヴァンとベルティーナは歩兵科の加勢に入って剣士を滅多切りにするのに夢中になっており馬どころではなかったが、ルイーザがやってきて剣士の首を跳ね飛ばし、一息ついた後イヴァンは気がついた。
「ちょ、俺の馬がいねえ!!」
「申し訳ありません。死神が乗っていってしまいました」
「なにーーー!!」
イヴァンはその場にすでにへたり込んでいたが、さらにがっくりと肩を落とす。
そのよこにすわっていたベルティーナはしょうがないわね・・・と言いたげな顔で言う。 「父上に頼んで馬を一頭上げるからおちこまないの!」
「マジ?」
「マジ」
「うおおお!ありがとうベルティーナ!どうしようかと思ったよ!」
イヴァンはベルティーナの手を握り何度も何度も振っていた。
「あ、それとさっきなんか言いかけたろ?なんて言うつもりだったんだ?」
「ん、いつのはなしですの?」
「最初の剣士とたたかってるとき」
「ああ!思い出しましたけど、もういいですわ」
ベルティーナはそう言うといかにもつかれたという感じでそのばにコロンとねころがり薄く積もった雪に長い赤毛が広がる。
それをみたイヴァンやきずだらけの歩兵達もおなじくその場にねころんだ。
雪の冷たさが心地いい。まわりに目をやると死体や首が転がっているのだが、今はもうどうでもいい。
今日は疲れたよ、本当に。
「戻ったらラファエーレはただじゃおきませんわ!!」
ベルティーナの怒りのこもった声が聞こえてきた。歩兵科の4人もそれを聞いたのか、わははと笑っているようだ。
イヴァンは思った。とりあえずだれも死ななくてよかったよ。と、だが口に出した言葉はそれとはちがっていた。
「あーもう動けねー、いまおそわれたら死ぬなー」

そして、気がつくとルイーザはどこにもいなくなっていた。

冬季行軍演習バッドエンドエピローグ

だがイヴァンたちはルイーザのことばかり構ってはいられなかった。 そしておそらく探しても見つからないだろうと6人は結論付け、疲れがある程度とれたところで修道院の内部におっかなびっくりと入って行く。
  そこには修道士達の死体と、ひどく傷ついた10体ほどの死体が転がっていた。
ひどく傷ついた死体は通常であれば10回は軽く死ねるほどの傷を負っており、10体のうち半分は首がなかった・・・この10体はさきほどたたかった血まみれの剣士と同じ類の輩であろうか?
そう広くもない修道院内部を隅々まで見て回ったが生存者は一人もいない事を確認するとベルティーナたちは村にもどっていった。
翌日の午後にはミケーレは50人ほどの警備隊をつれて戻ってきたが、ルイーザがいなくなっていることにひどくショックを受け愕然としていると、イヴァンは気の毒に思い、オルシュティン教会神学校女子部の生徒らしいとおしえてやるとまたあえるかも!と元気を取り戻す。
  ベルティーナは警備隊に全てを話した後、警備隊の隊長から協力要請があり、王都の騎士隊が到着するまでの警備協力と村の片付けを手伝うことになったのだった。
さらに2日後、あらかた村が片付いたころに騎士隊の騎士10名が到着し、まず警備隊の隊長に事情を聞いている。
その中によく見知った顔のものがいた。
「いよう、お前ら大変だったな」
ベルティーナらに向かって大柄な騎士が声をかける。
「お、先生!」
「まったくですわ」
彼はフォルトゥナート=デルネーリ、王立兵学校の戦闘技術指導教官である。茶色い髪を短くそろえ屈強な体格をもつ大男で、生徒からの信頼も厚い。
さらにおそらく彼であればあのルイーザと戦っていた長身の男とも渡り合えるのではないかと思えるほどの強豪でもある。
「さて、帰りながら詳しい話を聞くとして、早く帰り支度をしろ」
「え?」
「今から行軍ルートに戻っても間に合わんし、今回は片付けなんかで大変だったろう。行軍演習は終了だ。よくやった」
それを聞いた歩兵科の連中がやったーと大喜びをして騒ぎ出す。それもそのはずで今から戻れば他の隊が戻るまでおよそ一週間は学校はお休みのはず。
ゆっくりのんびりとすごせるのだ。イヴァン達も例外ではなく顔を見合わせ笑顔をみせあう。
「どうした?帰りたくないならいいんだぞ!行軍演習続けても」
はっとした表情をしたベルティーナはジルベルト君のほうをみて指示を下す。
「ジルベルト君!オフェーリアちゃんと手分けして撤収準備開始!10分後に出発よ!!」
「アイアイマム!」
「えっ、えーっ!は、はいっ!!」
と副官ふたりは大急ぎで準備にとりかかる。
「さて、帰りは俺が指揮を執る。せっかくだから体を鍛えながら帰るとしようじゃないか!!」
「・・・・・・」活気付いていた小隊員の顔から血の気がうせていく。
「行軍演習続けた方がよくないか?」とざわめいていたが、すでにベルティーナの指揮権が取り上げられている為手遅れであり、この件をこれ以上話し合うのは不毛であった。
上記の理由により王都に帰るまでの道中で歩兵科や騎士科の面々は死んだ方がましと思える苦行を課せられることになり、学校に帰り着くとほぼ全員が一週間ほどはピクリとも動けなくったのである。
中でもラファエーレはベルティーナの直接指揮の下、二人の歩兵に両足を抱えられ【手で歩く】!!というスペシャルメニューも加えられ、泣きながら学校に帰り着いたときには全身ズタボロにされていたという。

 第一話 完 続き→第二話 檻の中の少女 ヴェロニカ

ページのトップへ戻る
inserted by FC2 system